売る少女

今日はクリスマス・イブ。

行き交う人々は誰もが幸せそうで、ある人はプレゼントを抱えながら、またある人は恋人と手をつなぎながら家路に急いでいます。どこかでベルをカランカランを鳴らす音がしたり、お店の前に立っているサンタクロースさんが突然ホッホッホーと笑い出したり。一年に一度の、素敵な日です。

街はすっかり雪化粧。まるでタンポポのような白くて綺麗なたくさんの雪が、空からどんどん舞い降りてきます。

そんな中、その街の片隅では一人の女の子が懸命に声を出して何かを売っていました。

「アイス、アイスはいかが!? 甘くて美味しいアイスクリームはいかがですか?」

アイス売りの少女です。

でも何故でしょう、アイスはなかなか売れません。少女の前を通り過ぎる人たちは「このキチガイが」とでも言いたげな顔をしています。

「売れないなあ……アイス」

女の子はそうつぶやくと、懐からセーラム・ピアニシモを取り出して一服しました。以前はバージニアスリムのメンソールを吸っていたのですが、ある時禁煙しようと思い立ち、まずはニコチンとタールの低いタバコに切り替えることからはじめてみたのです。

「普通の人でも馬が買える」そんな言葉に乗せられて、このアイス販売のフランチャイズ・セミナーを受けたのは今年の夏でした。初めは「この商品を売る必要はありません。あなたのお友達にこの商品の素晴らしさを伝えていただければ良いのです。そうすればその友達は、また別の友達にこの商品の良さを伝えるでしょう」という説明を受けたのですが、気がつけば街頭で手売りする羽目になっていました。でも少女はあきらめませんでした。人間やれば出来る、イウォークだってストームトルーパーを倒せる、そう考えつつ、今日も街頭でアイスを売るのです。

「お腹がすいたなあ……」

あちこちの消費者金融で矢継ぎ早にお金を借り、夢を叶える為の商材となるアイスを大量に購入した少女でしたが、今や日々の食料を買う事もままならない状態となっていました。そして家に帰れば帰ったで、二年前に転がり込んで来た暴力的な彼氏が酩酊した状態で待っており、アイスの売り上げを渡さないと不機嫌になってガラス製の灰皿を投げつけらるようなありさまでしたので、何とか彼の機嫌を取れる程度の売り上げは稼がなければならない状況でした。

寒さに震えながら、少女はふとこんな事を思いつきました。

「もう誰も買ってくれないんだったら、アタシがこのアイス食べちゃってもいいのかな……」

よく考えれば身銭じゃないの。何故今まで気づかなかったんだろう。そもそも私は今までアイスを食べた事がなかった。自分が良いと思っていないものを、なんで人に薦めることが出来るんだろう。せめて、マ・クベのようになりたい。今際の際までキシリア様に贈る壷のことを考えていられるようなにんげんになりたい。もし私がこのアイスを実際食べてみたら、マ・クベが「あのつぼはいい壷だ」とガン押ししていたような勢いで、このアイスをお客さんに薦められるんじゃないだろうか。ジャムの蓋の裏に付いたわずかなジャムを集めて作った瓶蓋ジャムというものがあったらさぞかし美味しかろう、その瓶蓋ジャムの蓋の裏に付いたジャムを集めたジャムはさらに美味しかろう、と関係ない事まで思いつつ、少女はドゥイットユアセルフの精神で商品のアイスを食べる事にしたのです。

「いただきます」

ガブリ、とかじった刹那、少女の口内にワンポイント・トゥエニーワン・ジゴワッツ級の電撃が走りました。冷たい。とても冷たい。手で溶けないで胃で溶ける! 口の中で超伝導の実験が出来そうな冷たさでした。しかしこのところ何も食べていなかったせいか、しばらくするとほのかな風味が感じられるようになりました。口の中が落ち着くにつれ、この味はなんだろうと少女は思うようになりました。バニラ……いや正確には……牛乳(生乳)・ブドウ糖・グラニュー糖・脱脂粉乳・クリーム・卵黄・安定剤(増粘多糖類)……だが一つ、わしにもわからん隠し味がある、コリコリとして冷たく、溶ける気が一向にしないこの固まり……銀歯だ!

詰め物が取れていました。

途端に強烈な刺激が奥歯の痛覚神経から大脳へ伝達されます。

ギャー、と少女は叫びました。

詰め物が取れたという事態を何とかしなければいけません。でもアイスも売らなきゃいけません。彼女は本能に身を委ね、その場で飛び跳ねて、しゃがんで、土管に入って、3-1でノコノコを延々と踏んで無限1UPしました。

少女の残機が16進数で表示されるようになったころ、少女にはもう怖いものはありませんでした。

こうなればヤケです。もう知るか、アイスぜんぶ食ってやらあ、という意気込みで少女は次々とアイスを頬張り続けました。心の何処かで寺田恵子が「限界まで、限界まで、あきらめない」とシャウトしていました。その隣ではギターの五十嵐美貴が酒に酔った勢いで屋台をブッ壊していました。

やがて少女が10本目のアイスを頬張ろうとした時、雲のスキマから一筋の光が降りてきて、少女のまわりに集まってきました。

———-

「何本目だ」
「次で10本目です」

某国の地図には乗っていない場所に存在する謎の研究機関、その中でも特に極秘とされるプロジェクト、「O.A.S.I.S-Project」。地下200メートルに建設されたその施設の管制室のモニタには、雪の振る中アイスを食いつづける一人の女性が映し出されていた。

「銀歯は?」
「外れています」
「まずいな……」

研究機関の創設者でありこのプロジェクトのリーダーを任されていたアルベルト・フォン・カラヤンは、目の前で起きている現実(とは言っても監視衛星ランドサット2010から送られてきた映像に過ぎないが)に驚くしかなかった。

「10本目を食べ終えたら……」
「わかっている、人類は終わりだ」

ある種の人間がが極限の状況下でさらにネガティブな行動を取る事で発動する究極の力、「ハトヤ・サンダンスライド」。1940年代に行われたある秘密実験の副産物として発見され、多くの被験者を次世代ホモサピエンスとして覚醒させた。少女はその能力を持ったものたち同士によって産み出された初めての人間だったのである。

事実、彼氏から受けた数々の暴力による外傷がたちどころに回復する能力は、通常の人間が深爪してから痛くなくなるまでのそれに匹敵していた。研究所から両親とともに脱走した彼女の行方は数年前に突き止められていた。しかし機関が調査を進めるうち、外界と接触させることでさらなる能力が生まれる可能性があるという報告を受け、あえて彼女を野放しにしていたのである。

「光子砲MZ80B、準備! 目標、実験体α!」カラヤンの言葉に、その場にいた関係者全員が息を飲んだ。
「『廃棄』でよろしいのですか、この実験体を……」
「構わん。データは充分に収集した」
「了解しました……。光子砲、充填作業に入ります! スタッフは持ち場に着け!」
「急げよ。10本目が始まる。ペンタゴンに連絡。大統領の許可をもらえ。コード6809が発行されれば以降軍全体がこちらの指揮下に置かれる。ターゲットスコープ倍率68000!解析モード・シャープ!」
「了解!」

衛星軌道上で沈黙を続けていたランドサット2010は、通常の監視衛星モードから、その本来の姿である究極攻撃衛星モードへと移行した。衛星側面のハッチが開いた。そこから出て来たメガ光子砲は、その砲塔を地上の「実験体」に向けた。

「準備完了!」
「外すなよ。二発目はないぞ」
「大統領の承認来ました!ロックオン次第、いつでも撃てます!」
「クリスマス・イヴの日にハルマゲドンが始まるなんて皮肉だな」
「そうですね。今のうちに言っておきますよ。メリークリスマス、ドクター・カラヤン」
「ああ、メリークリスマス、ローレンス管制官。……発射!」

一筋のまばゆい光が成層圏を突き抜けて地上に落ちた。

人類最後の闘いが、今始まろうとしていた。

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください