誕生日を独りで過ごす

昨日、46歳になりました。

ひねくれものなので、facebookの誕生日を非表示にしています。

facebookは便利で、ログインしたらその日誕生日の友人を教えてくれます。

「お誕生日おめでとうございます!」というメッセージをこちらが送れば、相手は大抵喜んでくれます。逆に、そういうメッセージをもらえば大抵嬉しいものです。

誕生日を非表示にしていましたら、メッセージは1件も来ませんでした。

こどものころは誕生日が来るのが待ち遠しかったものです。親はプレゼントを買ってくれるし、友だちを呼んで家でお誕生会をすることも、何回かありました。いちいちそういうことをしなくなったのは、中学にあがったくらいからでしょうか。

好きな人の誕生日を覚えています。有名人などではなく、身近にいるなかで自分が好意を持った人の誕生日は気になります。昔付き合っていた彼女のそれですら、未だに覚えていたりします。誰かと付き合っている時は、自分や相手の誕生日には他の予定を入れないようにして、身の丈に合ったお祝いをしたものです。

誕生日を非表示にしていましたら、誰からもなんの誘いもプレゼントもありませんでした。当たり前ですがそれは単に人付き合いする上でやっておいた方がいい、社交辞令的な打ち込み作業でしかなかったのです。それを再確認出来た事が、今年の誕生日の収穫でした。それは昨年も、一昨年も確認した事でしたが。

そう、ぼくの誕生日をお祝いする以前の話として、「誕生日いつだっけ?」程度の関心をぼくに持ってくれる人は、もう誰もいないのです。

仕方がないので誕生日は普通に仕事をして、終わってから渋谷に出かけてとあるイベントのお手伝いをする面接に行って、それから高円寺のPunditに顔をだしてビールを一杯だけ呑みました。

帰ろうと地下鉄の駅に向かう途中、牛繁を見つけました。半額セールをやっていたので近くのコンビニでお金をおろし、独り焼肉することにしました。

今日ぐらい好きなものを腹いっぱい食べるぞ、と思っていたのですが、人間の胃袋というものはそう簡単に大きくなるものではなく、結局いつも頼んでるのと変わらない量を食べただけで、おなかはいっぱいになりました。ビールだけはいつもより一杯だけ多くおかわりをして、お会計をしました。いつも払っている金額より、ビール一杯分くらい高い食事になりました。

メールの一通や電話の一本でもかけて、友だちや知り合いを呑みに誘えば良いのですが、それはそれでなんだか恥ずかしくて、またそうやって都合をつけて誰かと会ったからと言って、特に何か喋りたいということでもなく、つまりぼくはすっかり偏屈でつまらないおじさんになっていたのです。

雨の日にイベントに出かけ、帰りに雨があがっていると、楽しかった時はどこかに傘を忘れてしまうことがよくあります。

この日は家まで傘を持って帰れました。

傘を忘れないように、ということ以外、特に考える事のない夜でした。

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