今考えた嘘だけど、ちょっといい話

それはある日曜日の出来事でした。

入院している祖母のお見舞いの帰り、バスに乗った時の話です。

わたしが乗車した時点で、そのバスには他に5人ほど乗っていました。

赤ちゃんを連れたお母さんと、男子学生と、若いカップルがいたのを覚えています。

突然、赤ちゃんが泣きだしました。お母さんはすぐに赤ちゃんをあやし始めましたが、なかなか泣き止みません。

それを見ていた男子学生はその親子の席に近づくと、持っていたバッグからボロボロのテニスボールを取り出してお母さんに渡すと、こう言いました。

「ぼくは小さい頃、両手でなにか掴んでいると泣き止む子だったんです。これを持たせたら泣き止むかも」

そのお母さんは半信半疑でしたが、赤ちゃんが泣きやまないので渡されたボールを赤ちゃんに握らせてみました。

するとどうでしょう、赤ちゃんはピタッと泣きやんだのです。お母さんはホッとした表情をして、ボールを渡してくれた学生にお礼を言いました。男子学生は、

「そのボールはもう使わないから、あげますよ」

と笑顔で言いました。お母さんは学生に改めてお礼を言うと、次のバス停で降りました。

実はそのテニスボールには、「ゆうじ」という文字がマジックか何かで書かれてありました。それを見つけたときわたしは、そのテニスボールが彼が今日に至るまでずっと大切にしていたものであり、おそらくその名前を書いたのは彼の両親ではないかと思いました。そんな大切なものを困っている誰かに笑顔で渡せる彼の姿を見たわたしは、涙せずにはいられませんでした。

しばらくすると今度は、バスのうしろの方から泣き声がしました。若いカップルが別れ話をしていたのです。泣いていたのは女性の方でしたが、なかなか泣き止みません。

それを見ていた男子学生はそのカップルの席に近づくと、ズボンをおろしてカップルの男性の手のひらに自分のキンタマを乗せてからこう言いました。

「ぼくは小さい頃、両手でなにか掴んでいると泣き止む子だったんです。これを持たせたら泣き止むかも」

その男性は半信半疑でしたが、女性が泣きやまないので渡されたキンタマを彼女に握らせてみました。

するとどうでしょう、その女性はピタッと泣きやんだのです。男性はホッとした表情をして、キンタマを握らせた学生にお礼を言いました。学生は、

「このキンタマはもう使わないから、あげますよ」

と笑顔で言い、持っていた飛び出しアーミーナイフでそれをザクザク切ると、男性に渡しました。カップルは学生に改めてお礼を言うと、次のバス停で降りました。

実はそのキンタマには、「ゆうじ」という文字がタトゥーか何かで彫られてありました。それを見つけたときわたしは、そのキンタマが彼が今日に至るまでずっと大切にしていたものであり、おそらくその名前を書いたのは爆笑問題田中ではないかと思いました。そんな大切なものを困っている誰かに笑顔で渡せる彼の姿を見たわたしは、涙せずにはいられませんでした。

男子学生はしばらく「今日はいいことをしたな」という顔で窓の外を眺めていましたが、股間から流れ出る大量の血は止まることなく、やがて失血死してしまいました。

それからバスはいつもとは違う道を走り、見た事の無い路地を曲がり、道路はアスファルトから砂利道に変わり、山道を奥へ奥へとしばらく走って、照明すらない朽ちたトンネルの途中で停まりました。

運転手さんがわたしの席まで歩いてきて、力強く首根っこを摑まえられました。そのままわたしはバスの外へズルズルと引き摺り出され、運転手さんから、

「ここがお前の終点だ」

と告げられる否や、気を失うほどの袈裟切りチョップを喰らいました。

気が付くと運転手さんはわたしが乗ってきたバスごと消えていました。

どちらに向かえば出口なのかすら分からない真っ暗なトンネルの中、わたしはひたすら歩きました。

天井から時折落ちる水の音と、どこかで鳴いている虫の音と、わたしが歩く靴の音と、それからわたしのフウフウという呼吸音しかしない真っ暗な空間を、たてた音のわんわんとした残響音を聞きながら一時間ほど歩いたでしょうか。遠くにぼんやりと見つけた明かりは、そのトンネルの出口を意味していました。

フラフラとした足取りで出口にたどり着くと、先ほど乗っていたバスの運転手さんが片膝をついて待っていました。そして手に持っていた小箱をパカッと開くと、その中に月の光に照らされてキラキラと輝やくなにかがありました。小さいけれども上品なデザインの、ダイヤモンドの指輪でした。

“Will you marry me?”

今日こうしてお集まりいただいたみなさんに、あらためて感謝の意を表します。

あの時乗っていたバスで泣いていた赤ちゃんも、来年で成人式を迎えるほどの月日が経ちました。

夫があの時わたしをバスで拉致してくれなかったら、トンネルの中に置き去りにしてくれなかったなら、わたしは現在(いま)ほどの忍耐力と、地位と、権力を得る事は出来なかったでしょう。わたしの発案を基に、我が国を介してかの国の北と南がふたたび手を取り合うための歩み寄りをしたあの日、調印の瞬間の両国首脳の素晴らしい笑顔を、わたしは未だに忘れることが出来ません。

夫には「お疲れ様」と先ほど改めて声をかけました。短い時間ではございますが、どうぞお顔を見てやってください。女性の方は棺にテニスボールを入れてやってください。男性の方はご自身のキンタマを夫の手に乗せてやってください。生前あの日のやりとりをバックミラー越しに見ていた夫も、さぞかし喜ぶことだと思います。

今日は本当にありがとうございました。

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*